本巣市地域おこし協力隊~まっくす隊員ブログ

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カテゴリ:越波地区( 18 )


2014年 12月 19日

84歳のアマゴ養殖第一人者が、後継者に後を引き継ぐ瞬間に立ち会いました。

今回は、ストックしていた記事を一つ。


■11月25日(火)
この日、アマゴ養魚場へ向かいました。

【アマゴ】
⇒サケ科サケ属の渓流魚で、今日では幻の魚と言われて居る日本古来の在来種。姿、形、味、どれをとっても一級品で“渓流の女王”と呼ばれるにふさわしい品格を持つ。より詳しくはこちら
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養魚場に着くと、ちょうど卵を消毒している所でした。

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▲消毒中のあまごの卵

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▲水産用イソジン液10%


(イソジンに水産用なんてあったのか…。と驚きつつ…)

水産用イソジン液10%は、マス類(ニジマス、アマゴ、ヤマメ、イワナ等)などサケ科魚類の卵消毒にのみ使用でき、安全安心な養殖魚生産のために使用されるようです。こちらに詳しく書いていました。


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この根尾地域でアマゴと言えば、越波(おっぱ)地区の五郎さんです。

アマゴは、越波で一番親しまれている川魚です。
清流である根尾川を利用したアマゴ養殖は挫折と失敗の連続だったようですが、夫婦二人三脚で何とか続けられてきました。2年前までは…。

今から、2年前。
地域おこし協力隊となった直後にお話を伺いにいった場所がアマゴ養魚場でした。
もちろんお話を伺ったのは、五郎さんです。
その時の内容を簡単に言うと、
①80歳を超えてきたので、そろそろアマゴの養殖から手を引きたい
②熱意ある後継者を探してほしい


この2点でした。
後継者を探してほしいということでしたが、自分自身何をしていいかわからず、結果何も出来ないまま2年が経とうとしていました…。


そんなこんなで、先日のブログ記事でも紹介した「雪囲い作業」の時に、五郎さんが「ようやく後継者が見つかっての~、25日にたまご孵化させる作業を教えるんや。東君も見にくるか?見に来や~。」と言っていただき、養魚場に足を運んだというわけです。
この2年間で後継者に名乗りをあげた人は5~6人いたようですが、五郎さんが信頼をおけると判断した人はいなかったようです。
ちなみに、最終的に後継者となったのは、市内在住の方です。

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▲白くなってしまっている卵は丁寧に一つ一つ取り除きます。(検卵)

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▲木の枠に網を張った物に卵をひろげます。

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▲孵化するまで、水につけた状態で1か月ほど待つと孵化をするようです。楽しみですね。


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▲アマゴの卵の数は7万



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▲アマゴの甘露煮


個人的には、鮎よりもアマゴの方が断然好きです。
アマゴという存在は、根尾地域に来るまで知りませんでした。
その美味しいアマゴも、養殖する人がいなければ食べられません。

2年前、後継者は見つかるだろうかという不安でいっぱいだった五郎さん。
そしてこの日、作業の工程を嬉しそうに後継者に教える五郎さん。

今回、その嬉しそうな表情を見ることができ、こちらも嬉しい気持ちになりました。
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by motosu-neo | 2014-12-19 07:40 | 越波地区
2014年 11月 21日

道路の冬期閉鎖が迫る中、たった2人だけの集落で行われた雪囲い作業に密着しました。

■11月19日(水)
この日、久々にたった2人だけの越波(おっぱ)集落に行ってきました。

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▲越波集落付近から見える能郷白山(1,617m)は真っ白。


僕が活動している本巣市根尾地域は31の集落があります。
その中でも、最北部に位置する3つの集落(黒津・越波・大河原)は、例年12月中旬~3月下旬の期間は、積雪のため、集落へ続く道が冬期閉鎖になるので、年間を通して生活している人はいません。
※ちなみに、住民票登録は黒津2人、越波2人、大河原1人となっていて、冬期閉鎖の間は、市外のもう1軒の自宅(お子さんのお宅)などで過ごします。
この日は、今年も道路の冬期閉鎖が迫る中、たった2人だけの越波集落で行われた「雪囲い作業」に初めて密着してきました。

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▲越波集落の住民である五郎さん(写真左)と、自治会長で五郎さんの弟の三郎さん(写真右)。




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▲越波集落の住民である五郎さんは40年にわたり自治会長を務めた。

「越波に人がおらんようになったら廃村になってしまう。」広大な越波の山林を所有し、代々林業を営んできた松葉家の当主五郎さんが1969年、区長に就任した時には既に危機感があった。安価な外材に押されて林業だけでは生活できなくなっており、越波を存続させるための仕事として挑んだのがアマゴの養殖だった。アマゴは、越波で一番親しまれている川魚。発酵させた米こうじでアマゴを漬け込む伝承料理「アマゴずし」は、越波の正月のごちそうだ。清流を利用したアマゴ養殖は挫折と失敗の連続だったが、夫婦二人三脚で何とか今まで踏ん張ってきた。(2011年6月20日の岐阜新聞記事より引用)


アマゴの養殖を日本で最初に始めたのが五郎さんだと聞いています。
軌道に乗るまではかなり苦労をしたようで、かなり昔、4年間は冬期閉鎖した中、越波で過ごしたことがあった。

『農協に借金して越波に養魚場を作って、その借金を返さなくてはいけなかった。それが4年間、冬期閉鎖の越波にいた理由。アマゴでどうにか成功しなくてはいけないという覚悟があったから。必死やったんや。』







そんな貴重なお話を伺いつつ、冬支度は進みます。


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雪囲い用の2mを超える杉板は特注です。
隙間ができないようにしっかりと並べていきます。

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▲雪囲い作業前

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▲雪囲い作業後




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黒いホースに何をしているか、わかりますか?

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プチッと、一刺しすると…

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プシャーーーー!!!
噴き出す、噴き出す。
これは家の前の雪を溶かすための手作り装置。
ちなみに水は山からの谷水を使用しているので、流しっぱなしでOK。水が凍ることもないようです。


この日は無事に雪囲い作業、その他の冬支度も終了。
いよいよ寒さも厳しさを見せてきて、予定を急きょ早めての雪囲い作業となりました。
しばらく最低気温は3℃~7℃くらいの予報なので、積雪はもうちょっと先だと思いますが、いつ雪が降ってもおかしくないような時期になってきました。

今年、冬期閉鎖になる前に越波集落に行くことができるのも、あと僅かです。

※越波集落へのアクセス方法はコチラから

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by motosu-neo | 2014-11-21 09:20 | 越波地区
2014年 11月 18日

越波集落のホームページが完成しました。

ブログをご覧の皆さまに、お知らせです。

何度も記事にしている、たった2人だけの越波(おっぱ)集落。

今回、なんと越波集落のホームページが完成しました。


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※クリック→ http://neooppa.wix.com/oppa




越波集落についてですが…、
越波の人たちが持っている冊子「ふるさと越波」を見れば、詳しい情報を知ることができます。
越波にある集会所に行けば、今まで掲載された新聞記事が壁に掲示されています。
根尾地域の人に尋ねれば、越波への道順を教えてくれます。


Web上に載っている情報というのは、今まで殆どありませんでした。
越波に関するブログ記事を書くようになってからは、某TV局の取材も来たりしました(今冬放送予定)。

Web上に情報をまとめておくことで、1人でも多くの方に越波集落の存在を知ってもらえるキッカケになればという思いで作成しました。
理由は単純で、これだけの理由です。


今後、越波に関する新聞記事などが出た場合は、随時その記事を追加で紹介していきたいと思います。

越波の人たちと密な連携をとりながら、細々とではあると思いますが、このホームページを運営していきます。
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by motosu-neo | 2014-11-18 13:37 | 越波地区
2014年 11月 11日

たった2人だけの集落の思いに寄り添う答えとは?

■11月9日(日)
「越波ふるさと若者交流会」を開催しました。
※イベント開催の目的などについては、10月22日のブログ記事をチェックして下さい。

この日のテーマは、「たった2人だけの越波集落のために、若者の自分たちが出来ることを探る」というもの。
今回、参加者(越波に1度は足を運んだことがある)の若者たちは、真剣にそれぞれが考えていることを発言してくれました。
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「9月に越波に行った後も、本当にふるさとって何だろうってずっと考えていたんですよね。現実的に考えると、この集落をずっと残していくということは無理な部分もあるのかもしれない。形として残すのは難しいけれども、1度でも来てもらった人に対して、こんな村があったんだよーと色々と伝えていくことも1つの方法だと思う。越波は、廃村にはしたくないという人たちがいて、だからこそ、外から越波に来る人が「ここはいいですね。落ち着きますね。」と言ってくれるんじゃないかと思う。具体的には、行事というものを定着させて、その時だけでもいいから人に来てもらうというのがいいのかなぁと思います。あと、越波の良い所は、出来る範囲のことは自分たちでやっていくという姿勢があって、それでいて、外からの人の声に対しても素直に耳を傾けるところだと思う。」


「私が住んでいるのは、大きな街の中でも田舎のほうです。今でも物々交換があったり、近所の人同士で挨拶とかするけど、近くに住んでいる高齢者の方が亡くなるとその人の田んぼがなくなって新しい家が建ち並んでいって、近所の人とのつながりも徐々に消えていく…。徐々に自分の住んでいる周辺も都会化してきている。越波に来て思ったのは、三段滝や蛇池(じゃいけ)の整備とか、越波の人たちが昔のままの姿に戻したいと言った時に、周りの人たちが自然と手伝っている。それを見ると、越波には人と人との関わりがある。そこに携わりたいと思って、私は越波に行きたいと思った。これから越波のために何が出来るか正直わからないけど、私はこれからも越波に何度も遊びに行きたい。」


「私は越波に行くようになってから大きく変わった部分があります。それは、自分の地元を自分の原点だと感じられるようになったこと。今まで地元で過ごした時間についてすごく考えるようになったし、最近は、自分の育ってきた環境について考えることが増えた。越波は、地元にあんまり興味がなかったり、地元=実家がある場所としか考えていなかったりする人に行ってほしいと思う。ちょっと前の私みたいに。そう思うので、越波という場所は残っていてほしいと思う。」


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「どんなに小さくても、細々とでもいいから、越波には、これからも人の縁が繋がっていてほしい。そうじゃないと輪は広がっていかないと思う。」


「私たちみたいな若い人たちが出来ることは、越波を訪れた時に、越波の人たちが気づいていない魅力を私たちと交流することによって気づいてもらうことだと思う。そういう小さなことで何かが変わるきっかけになるかもしれないし、そう思って今日も来ている。これからも越波には通いたいと思います。」


「僕にとってのふるさとは、小さい時に遊んだ場所、友達と一緒に作った秘密基地なんかを思い出す。開発されてどんどん都市化して、そういう思い出のある場所がなくなっていくのは、自分のふるさとが壊されていくような感覚。そういう意味で、越波で復活させた蛇池というのは、越波にとっては大きなポイントになると思う。今後については、新しい人でも参加しやすい定期的に開催されるイベント、またはそういう場所を残していくことが必要だと思う。」


「9月に越波に行った後も、越波に行きたいとずっと思っていました笑!でも、ふと考えてみると行きたいと思う明確な理由はないんです。今後については、誰でもふらっと気軽に立ち寄れる場所を作っておくと誰でも行きやすいのかなぁと思います。」


「越波の人とのつながりが1度でも作れたら、またあの人に会いたいなとも思うし、人とのつながりがあって越波の風景や自然の良さが出てくると思うので、今後もそういう人とのつながりが作れる機会があるといいと思います。」



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色んな意見が出て話し合いの終了時間を若干過ぎてしまったので、隣の部屋に移動し、ひとまず昼食とすることに。


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▲新米の根尾米でおにぎりを作る参加者の学生たち

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▲無事に綺麗な三角形になった?おにぎり

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▲きゅうりの漬物(生姜入り)

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▲大根の漬物(ゆず入り)

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▲八つ頭のじくの甘酢漬け(ずいき)

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▲弘法芋の塩煮


今回のイベントでは、新米の根尾米、弘法芋の塩煮、漬物は全部で6種類、宇津志集落の秋のお茶、急きょ差し入れで頂いた淡墨豆腐など、全て根尾地域のものを用意しました。
イベントの趣旨に賛同していただき、ご協力していただいた皆さん、本当にありがとうございました。
参加者にはどれも美味しいと大好評でした!

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昼食後は話し合いを再開。
「越波集会所の一部開放」、「ふるさとを考える場所としての活用」、「ふらっと立ち寄れて休憩ができる場所を用意」、「越波のホームページ作成」、「越波の人と気軽に情報交換できるツール作成」、「週末ワークキャンプ等のイベントの継続」、「年中行事に外から参加しやすいようにする」など、沢山の具体的なアイディアを出してくれました。
参加者の皆さん、本当にありがとうございました。

イベントが終わって家に帰ってから、色々と考えていました…。
今回は、参加者の皆さんに色々と意見を話してもらう前に、まず越波の人に話をしてもらいました。
それは、越波の人々が考えることを最も大事にすべきことだと考えるからです。

越波の人は越波のことをどう考えているのか、何を望んでいるのかということを先に話してもらった上で参加者の皆さんには意見を出してもらいました。
「越波の人たちの思いに寄り添う答え」を見つけようと思って企画したイベントでした。

なかなか即決でコレをやっていきましょー!とはいかないんですが、縁もゆかりもない越波のためにわざわざ集まってくれて、越波の人と同じくらいに真剣に考えてくれて、意見を出してくれて…。
そのこと自体が凄いことだと思いましたし、とても有難いことだなって思いました。

出来ることから、また動いてみます。
越波の人とも改めて相談しつつ、無理なく出来ることを探してみます!



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▲先週迎えた誕生日をサプライズでお祝いしてくれました。ケーキもありがとうー。
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by motosu-neo | 2014-11-11 14:28 | 越波地区
2014年 10月 24日

廃村寸前の越波集落の自治会長さんと一緒に、敢えて廃村集落跡を訪ねてみた。

【廃村】
→過疎地帯などで、住む人のいなくなった村/市町村合併などにより、存在しなくなった村。


■10月23日(木)
本巣市の隣、山県市の椿(つばき)集落〝跡〟に行ってきました。
今回訪れた椿集落は、1501(文亀1)年頃にはじまり、1971(昭和46)年に廃村となっています。

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▲集落跡にある椿村の人家分布図の石碑(2004(平成16)年10月建立)


この人家分布図を見ると下村・中村・上村あわせて67戸もあったことがわかります。(当時67戸全てに人が住んでいたかは分かりません。)
そして、この石碑の場所からさらに北に1kmほど進むと、椿分校の跡地にたどり着きます。
廃村となった同年に椿分校も閉校となったようです。


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▲椿分校跡地の石碑

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▲使われることがなくなったジャングルジムとブランコ



本巣市役所根尾分庁舎から車で1時間の位置にある椿集落跡。
確かに途中からかなり細い道を通らなければいけないが、峠を越えるわけでもないし、決してへき地だとは思わなかった。


―――ではなぜ、椿は廃村したのか。

結論から言うと、当時、行政側が進めていた「集落再編成事業」によるものだった。当時、岐阜県では、1967(昭和42)年に「岐阜県へき地対策推進要綱」を策定。さらに1969(昭和44)年には、へき地の解消を促進し、地域住民の福祉水準の均質化を図ることを目的に「岐阜県集落再編成事業推進要綱」を設けた。当時過疎化が進行していた椿集落は、この流れで集落移転をしたという。


行政側も集落再編成に先だって、椿集落の住民に対しての意向調査も行った。
大半の住民は「住んでいる土地に愛着がある」、「住居を他に移す考えはない」と回答したらしいが、最終的に1971(昭和46)年に住民たちは椿を離れて、椿集落は廃村となっている。


椿集落跡のすぐ手前には、椿を離れた人たちのお子さんにあたる人たちが何人か住んでいる。
そこは通称:椿団地と呼ばれている。
庭に椿があったお家の方にお話を伺ってみたが、椿を離れる決意をした当人ではなかったりして、なぜ「ふるさと」を離れることを選択したのか、その当時の心境はどうだったのかを知ることはできなかった。


当時の住民たちの心境も気になるが、当時の行政側の判断がかなり大胆なことに驚いた。
なぜなら、椿集落が廃村になったのは今から約40年前の話。
住民からの反対意見も多くあったかもしれないが、行政側は強い決意をもって椿集落の集団移転を進めたのだろうと思う。

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今回、椿集落跡に行ってみて、結果としてそれが良かったのかどうかはわからない。
でも、きっと椿に生まれた人にとっては、「ふるさと」が廃村となってしまったのだから、寂しい思いをしているはずだ。
実際に、少し前にふるさとに思いをはせた冊子「ふるさと椿」が発行されている。
椿集落の元住民らで作成したようで、やはり「ふるさと」に対する思いは強かったことがわかる。

ちなみに、現在僕が関わっている根尾地域の越波(おっぱ)集落にも、同じような冊子「ふるさと越波」がある。
越波の歴史や昔の暮らしの様子がわかる冊子となっており、15年ほど前に出身者の有志の手によって作成された。

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▲冊子「ふるさと越波」

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今回、椿集落跡は越波の自治会長である三郎さんと一緒に訪れた。
椿集落跡を訪れたのは、三郎さんから「廃村となった集落を見てみたい。」という話があったからだ。
この日は先月から取材していただいている、メ~テレさんも同行し、椿集落跡を訪れている様子を撮影・取材していただいた。

ディレクターさんが色々と三郎さんに質問をしていきます。
三郎さんは、廃村となった椿集落を見て、
「人がいない、家の残骸も40年経って綺麗になくなっている。山と川だけがある場所になってしまった。ある意味、自然に帰ってしまったというか…。」と声を絞りだして話していた。

現在、越波はたった2人だけの集落。
三郎さんは、いずれ越波も…という気持ちもあると話していた。

先日、ある人から「越波でやっていることは意味がない。」と今やっていることを全否定されるという出来事がありました笑。

地域おこし協力隊として、今やっていることを応援してくれる人も多くいます。
ただ、その人から見たら、あまり意味のないことをしていると思えたようです。
それに対しては、怒りの感情などはありません。
言われた時に逆ギレなんて、もちろんしていません。
色々な人がいるので、1つの意見として素直に聞きました(正確には聞き流しました。かな?笑)。

まぁ、そういうこともあったりするんですが、
ただ、今現在、たった2人だけという厳しい状況にも関わらず、越波を何とか残そうと思って行動している人がいる、それに協力している出身者の人がいる、「ふるさとに対する熱い思い」を持って活動している人たちを近くで見ているから、その人たちを手伝いたいし、助けになりたい。
僕の一番底にあるのは、たったそれだけの理由です。

熱い思いが見えてこなかったり、もうどうでもいいと諦めている人だったら、そうは思わないと思います。そこに対して「手伝います!助けたいです!」というのはただのお節介かもしれませんし…。

根尾地域に来てから、全ての集落の人たちと交流をするなかで、最も『自分たちの集落をどうにかしていきたい!』という熱意が最も伝わってきたのは越波でした。危機感を強く持っていたのも越波でした。
ひょっとしたら、その越波も廃村となる日がいつかは訪れるのかもしれません。
ただ、それがいつなのかは誰にもわかりません。
だからこそ、今出来ることをやっていくしかないと思っています。
三郎さんも敢えてこのタイミングで廃村となっている場所を訪れるというのは、結構勇気が必要だったのではと思います。
普通ならあんまり考えたくないことだと思いますし。
でも、実際に椿を訪れて、何かを感じようとしていた。
すぐに解決策がぱっと浮かんだわけではなかったようですが、そういう姿勢がすごいなーと素直に思いました。

決して越波は「立ち止まってはいない
そこは何より大事な部分だと思います。
今回、椿を一緒に訪ねてみて、そう感じました。

※今回の撮影・取材でメ~テレさんの撮影分は終了。越波での取り組みについては、メ~テレのニュース番組「UP!」で放送される予定です。放送日決まったら、またお知らせします。
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by motosu-neo | 2014-10-24 14:30 | 越波地区
2014年 10月 22日

たった2人だけの集落のために若者が出来ることを探る。

9月に開催した「越波週末ワークキャンプ~秋合宿編~」を終えて、もう1ヶ月が過ぎた。
今年4月から、たった2人だけの越波集落に案内した若者の数も59名となった。(2014年10月22日時点)

ーーー夏以降、ずっと考えていたこと。

それは、地域おこし協力隊の任期が終わった後の来春以降も、越波集落と越波を訪れた若者たちの「つながり」を残していきたいという思い。
つい先日、同じ「思い」を持っている大学生(越波に5回も来ている)からの提案もあって、以下のようなイベントを企画しました。
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たった2人だけの越波集落のために「若者が出来ること」を探る、
「越波ふるさと若者交流会」 です。
このイベントは、越波に1度は足を運んだことがある若者を集めて、今後それぞれの立場で無理なく、越波のために出来ることを話し合うというものです。また、越波という場所に関わった若者同士が交流をさらに深めるための機会でもあります。
最終的には、1つでも2つでもいいから、越波のために「出来ること」について意見をまとめられればと思っています。

改めて、越波集落の特徴を紹介します。
・たった2人だけの集落
・携帯はソフトバンクしか通じない
・冬は豪雪のため通行止め

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■イベント名:「越波ふるさと若者交流会」
■ 開催時間:11月9日() 10時30分~13時
■ 開催場所:根尾公民館3Fホール(岐阜県本巣市根尾板所625-1)
■内容
① 若者たちの自己紹介(越波に行って感じたこと)
② 東隊員による越波での活動報告(簡単に10 分で)
③ ワークショップ(越波との今後の関わり方について)
④ 昼食(若者、根尾地域の方含めて皆で一緒に)


このイベントの参加者に関しては、参加資格を設けています。
資格としては、今年の4月以降1度は越波に来たことがある人です。
すでに個別に呼びかけをしていて、現在8名が参加予定となっています。

ただ、イベントを見学したいという方は大歓迎です!
根尾地域の方はもちろん、どなたでも歓迎します。
なぜ若者たちは越波に行くのか、越波に行って何を感じたのかも参加者に話してもらいますので、気になる方は是非、イベント開始の10時30分からお越しになってください。
難しい話はちょっと…という方は、この機会に若者たちと一緒に昼食を食べて交流してみませんか?その場合は12時までに昼食・飲み物をもって公民館に来てください。


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参加者の方には白熱するであろうワークショップを終えた後、昼食を用意する予定でいます。

根尾の新米おにぎり、根尾のお母さん手作りの漬物、根尾で作られたお茶です。
地域おこし協力隊としての人脈?を活かして交渉して、根尾米、漬物、お茶を根尾地域の3人の方に提供していただくこととなりました。

本当に有難いことです。
しっかりとPRしながらイベントを進行できればいいなと思います。
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このイベントの模様については、イベント終了後にまた記事を書こうと思います。
以上、イベント告知でした笑。
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by motosu-neo | 2014-10-22 16:58 | 越波地区
2014年 10月 15日

たった2人だけの集落だから、伝えられること。

このブログでも何度も登場している、たった2人だけの越波(おっぱ)集落。

今年4月以降、僕は多くの若者を越波集落に案内してきました。(イベント等含む)
数えてみると、合計53名になります。(延べ人数:83名)
ちなみに、今週19日(日)も、名古屋の大学生数人を案内します。

最近は毎週のように越波週末ワークキャンプに参加してくれた大学生が、友人を何人か連れて再び越波に来てくれるという流れが続いています。
岐阜市や名古屋市の大学生たちが、わざわざ時間を割いて来てくれることは、本当に嬉しいです。

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岩に寝転んだり…。


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蛇池(じゃいけ)ではしゃいだり…。




僕自身、昨年、今年の春は淡墨桜語り部ガイドとして全国からやって来る観光客の方に淡墨桜のストーリーや地域の方の淡墨桜にまつわるエピソードなどを伝えました。
その時も強く感じたことですが、やっぱり「直接想いを伝えること」は大事なことだと思います。

越波のこと。
越波に関わる人のこと。
越波の歴史。
越波での取り組み。
それらを越波に来てくれる人にきちんと伝えること。想いを伝えること。

案内する回数を重ねるごとに、僕自身も勉強させてもらっています。
来た人の満足度を向上させるために出来ることはまだまだあるはずです。

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▲カナダに留学する前にもう1度越波に行きたい!と来てくれた大学生もいました。ディズニーランドじゃなくて越波っていう選択をする所が素晴らしいです笑。


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越波で伝えたいことは「ふるさとへの想い」だったりします。
これについては、に開催した『越波週末ワークキャンプ』と同じですね。

ただ、越波に来た人にとっては「ふるさとへの想い」だけではなく、その人自身色々なものを見つけたり、感じたりしているはずです。

その結果、また越波に来ようかな、と思ってもらえたなら大成功です。
冒頭の数字を見てもわかるように、越波に来た人の多くが2、3回と越波に足を運んでくれています。
それが何よりも嬉しいですし、越波の人にとっても嬉しいことだと思います。
アクセスが悪いにも関わらず2回、3回と若い人たちが来てくれることは、それだけ越波に魅力があるから、何かに惹きつけられるからだと思います。
それは越波の人にとっても「ふるさとに対する自信や誇り」をさらに強くするキッカケになるはずです。


先日の3連休、多くの方が旅行で観光の目玉がある観光地へ行かれたと思います。
個人的には、そういう場所よりも他の地域おこし協力隊がいる地域に行って、その地域がどういう場所なのか、どういう人たちが頑張ってふるさとを守っているのかをじっくり聞いてみたいなぁと思ったりします。
僕にとってはその方が魅力的です笑。



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▲この写真は本文とはあまり関係ありません。根尾松田地区での1枚になります。
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by motosu-neo | 2014-10-15 16:09 | 越波地区
2014年 08月 15日

たった2人だけの越波集落のお盆

8月14日(木)はお盆。

お盆のこの日、たった2人だけの越波(おっぱ)集落の夏祭りに行ってきました。

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雨の中、参拝のため神社へ向かう越波地区出身者の人たち。


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参拝が終わると拝殿へ。


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拝殿で御神酒を酌み交わします。
お盆ということで、越波出身者の方が多く参加されていました。



ここは越波のお話を伺うチャンス!ということで、
越波出身のお母さん(現在は養老町在住)にお話を聞きました。

「学校帰ってきてねー、ご飯(お米)がないからさつま芋なのよね、主食が。お母さんがさつま芋を焼いたりして待っててくれてるんだけど、それ食べるのが嫌でね~笑。でも、それしかないから…。」と、小さい頃の事を話してくれました。



越波出身のお父さん(現在は岐阜市在住)にもお話を聞きました。

「もう小学校の頃は昼休みでも自転車で走っていって蛇池で川遊びして、また学校に戻ってきて授業を受けた思い出があります。それも学校のみんなでね。」

僕が、「本当に川が好きなんですね!笑」と返すと、お父さんは満面の笑みを浮かべていました。




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越波のお父さんたちは集会所で宴会スタート。
真っ昼間から飲めるのもお盆らしいですね。(いや、お盆とか関係ないか。笑)









先ほども出てきた蛇池。
実は、先日の台風11号の影響がありました。

蛇池は昔、越波の子供たちが毎日のように遊んでいた河原のことを言います。
5月開催の越波週末ワークキャンプ7月開催の越波週末ワークキャンプなどを通して、整備作業が進んで完成間近となっていました。

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このように蛇池は大きくえぐられ、休憩用の丸太のイスも50mほど流されていました。


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蛇池へ向かう途中にも落石と倒木がありました。
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越波は1959年の伊勢湾台風、1965年の集中豪雨(総雨量950ミリ)がきっかけで多くの住民が集団離村した集落です。
蛇池を歩き、写真を撮りながら様々な思いが浮かんできました…。




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【お知らせ】


9月6日(土)~7日(日)開催の「越波週末ワークキャンプ」ですが、予定を少し変更して蛇池の復旧作業が中心となりそうです。

若干名まだ受け付けています。
応募の締切は今月27日(水)です!
詳細情報・お申し込みについてはこちらから→ http://www.nice1.gr.jp/topics_detail7/id=3846


▼本イベントチラシ(表)
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▼本イベントチラシ(裏)
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by motosu-neo | 2014-08-15 15:11 | 越波地区
2014年 07月 29日

美濃和紙より古い!? 越波集落で作られていた和紙の話

最近、暑い日が続いていますね。
先週の7月25日(金)は、岐阜県多治見市で最高気温39.3℃。
その日、根尾地域(樽見観測地点)では35.0℃を記録。
もちろん今年最高気温。
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そんな暑さが続く7月26日(土)
根尾越波(おっぱ)地区にてBBQ会が行われたので、参加してきました。
今回のBBQ会は、数年前から越波地区の古里再生へ向けた活動に協力しているNPO法人ライフサポートお・りーぶさんの主催イベントです。
この会はここ数年の恒例イベントとなっていて、主にNPO法人関係者(ほとんどが大垣市の方々)がいらっしゃいます。
今年は30名以上の方が参加していてとても賑やかな夜でした。
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翌日27日(日)は、本巣市出身のカメラマンの友人が越波へ来てくれました。
かれこれ4回目の越波ということで、越波の人にも顔を覚えてもらっているようでした。
この日は、越波週末ワークキャンプで撮影した写真をプリントして持ってきてくれました。
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▲嬉しそうに、「良い写真だ。これは宝物だ!」と大絶賛して写真を眺めてます。

さらには越波の人のふるさとへの思いを記録したいということで、
早速カメラをスタンバイ、動画で記録していきます。
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話題はかつて越波で作られていた「和紙」の話へ…
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平成9年に出身者有志で作った『ふるさと越波』の冊子には作り方も書かれています。

① 12月頃、楮(こうぞ)、みつまたを取り束にする。大釜にその束を入れて2~3時間蒸す。
② 熱いうちに皮をむき、むいた皮を一握りずつ束にして水につける。
③ 鬼皮を取り、それを戸外にかけて(雪ざらし)、雪にさらした楮を約10日間、川水にさらに紙煮(あくを取り、そのあく汁でよく煮る)をする。
④ あく抜きをした楮にある混ざり物を取り除いたら、楮をたたきの石の上でよくたたき、よくたたいた原料を玉に固めて、紙漉き舟に入れて、漉き舟の紙の原料の中に、こし袋を浸す。
⑤ 紙屋に入り、紙を漉き、漉いた紙を一枚一枚重ねて積み、30cmくらいの高さになると板を置き、石を載せ、水をしぼる。
⑥ 栃板で作った紙漉板に、一枚一枚きれいに張り、乾燥したらはがし、紙の完成となる。


▼実際にかつて越波地区で作られていた和紙を見せていただきました。
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越波では楮の木を植えて、その当時なかなか手に入らなかった和紙を作るようになりました。
見せていただいた和紙は65年ほど前に越波で作られたもの。
越波はお米を沢山作ることができない土地だったため、昔は年貢を大垣藩に納める代わりに、和紙を納めたそうです。


▼「大釜で蒸す時の覚えがある。」と話す、松葉五郎さん。
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▼「ここで作った和紙は今でも大事に保存している。」と話す、松葉三郎さん
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▲区費の記録もこの和紙で書かれていました。

集落の皆で苦労して作った和紙、無駄にはできないですね。
今と違って、誰かに教えられなくても、物を大切にする感覚は自然と身についたのではと想像できます。

ひょっとすると、美濃和紙より古いかも!? という話も出ていました。



この日は日曜日。
越波出身者の市外在住者が次々と帰ってきていました。
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お昼を過ぎて、
三郎さんが鮎釣りに行くというのでカメラマンの友人と一緒に近くの根尾川へ移動。
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▲根尾川の上流にあるので、透明度はこんな感じ。
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裸足になって川に足をつけながら鮎釣りを眺めます。

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▲鮎釣りの様子を撮影し続ける友人。


「ふるさとってどういう場所だと思いますか?」

その友人に、ふと投げかけられた質問。
自分自身のふるさと、地元についてちょっと考えてみる。

昔よく遊んだ場所。
地元でやってみたいこと。
地元の良さ。
自分にとってどういう場所か…。

色々と考えてみた、そんな日曜日。
とっても良い時間を過ごした。
携帯も時間も気にしない越波ライフを自ら堪能した1日でした。


最後にお知らせを2つ。

-----【お知らせ・1】-----
そんな越波で、第3弾のイベント
9月6日(土)~7日(日)
「越波週末ワークキャンプ~秋合宿編~」を開催します!
※詳細はこちらから→ http://www.nice1.gr.jp/topics_detail7/id=3846



-----【お知らせ・2】-----
7月24日(木)発売の雑誌『SINRA』に掲載していただきました。
掲載していただいたのは、たった2人だけの越波(おっぱ)集落での取り組みです(p.81)。
まだご覧になっていない方は、お近くの書店へ急いでください。
そして是非、ご一読を!
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by motosu-neo | 2014-07-29 10:08 | 越波地区
2014年 05月 30日

再び誰もが遊べる河原へ、整備作業の経過報告

5月10~11日に開催したイベント「越波(おっぱ)週末ワークキャンプ」。
このイベントが、蛇池(じゃいけ)の整備作業の第一歩となりました。
※蛇池は昔、越波の子供たちが毎日のように遊んでいた河原のことを言います。現在は草木が生い茂り、荒れた状態となっています。その蛇池を再び、誰もが遊べる河原にすることを目指しています。

あれからもうすぐ3週間が経とうとしています。
もうすぐ5月が終わるんですね、早すぎます…。
イベントの後も、越波の人たちは蛇池の整備作業を続けています。
僕も週に1回は必ず、朝から自治会長の三郎さんと越波へ行って作業をしています。
皆さんのおかげで、良いペースで蛇池の整備作業は進んでいます!!

▼5月12日(月)の蛇池周辺の写真
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▼5月29日(木)の蛇池周辺の写真
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あんまり変わってない…と思った方は、再度写真を見比べてください。
よ~く見ると、作業が進んでいる様子がわかると思います笑。

5月29日(木)
昨日は全国的にも暑くなりました。
根尾樽見地区の観測地点で、最高気温は28.6度だったみたいです。
僕はこの日も蛇池の整備作業をするために越波にいました。
作業をして暑くなったら、清流根尾川に入ればすぐに全身を冷却することが可能です。
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▼越波橋から見た風景
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5月4日(日)、越波地区で春の祭礼が行われた日、現在は大阪に住んでいる越波出身者の方とお話する機会がありました。
その方はわざわざ大阪から地区の行事に参加するために来ていた方でした。
越波では中学校卒業までいたそうです。その後は就職のためお兄さんのいる大阪へ。
それからはずっと大阪で暮らしているそうで、現在は73歳。
言葉はすっかり関西弁ですが、こんなことを話してくれました。
「今でも越波に来る理由は小さい時のイメージがあるからやなぁ~。ふるさとだからずっとずっと残っていってほしい。絶対になくなってほしくない。」
離れていてもやっぱりふるさとは特別なんだと感じた瞬間でした。

根尾地域はこれからは鮎釣りのシーズンへ入ります。
昨日は鮎の放流の現場も見てきました。
今年も沢山の鮎の塩焼きを食べたいです。
もちろん食べる場所は蛇池で決まりですね!!
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by motosu-neo | 2014-05-30 11:44 | 越波地区